野外学校: 2007年11月アーカイブ

小春日和

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子供たちから勤労感謝の日におつまみをプレゼントしてもらったので、そのお礼をしようと思ったのと、田人の「おふくろの宿」の入浴券があったので、今日は四時川ハイキングとお風呂です。

四時川 四時川
エメラルドグリーンの水面は、多分、いわき随一。このあたりの川原の石の配置、どっかで見たようだと思ったら、「釣りバカ日誌」のロケ場だ。
遠い記憶。30年ほど前、中学生のころに、親に連れられて、芋煮に来たことがあります。たしか11月。当時は、川面を覗くと、ヤマメが群れを成して泳いでいました。そのパーマークを、子供ながらに美しいと思って眺めたものです。でも、今日は魚の姿は見えませんでした。原因は、きっと。。。

今年は暖かかったので、モミジはまだまだ残っていました。数日前の寒さは何だったんだろうと思うほど、今日は暖か。風も無く、昼寝したくなるほど穏やかな、山の中です。
四時川

四時川

それにしても、剪定なんかしたこともないはずの木々が、こんなにきれい。木は、本来は人間の手入れなんか望んでいないようです。大事なのは、剪定より、環境を整えることのようにも思えます。

木ばかりでなく、当たり前のように生えている草もいい感じ。でも、木も草も、残念ながら大半の名前が分からない。自然のこと、知らなすぎるなぁ。

冬山?

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昨日、現場の帰り、雨が降り出したと思ったらミゾレになりました。

一夜明けて、今日は「植物探訪」の日。今日は、船引の「移ヶ岳」。別名、「美しが岳」。いわき市を抜ける頃から、日陰にちらほらと雪が残っています。登山口の駐車場に着いたころには、凍てつくような地吹雪。登り始めて、樹林の中は少しは吹き付けが弱まっていますが、時折、雪煙が舞い上がります。
移ヶ岳 移ヶ岳

「移ヶ岳」は、霧氷が綺麗らしいのですが、これは霧氷でも樹氷でもなく。何と言うのでしょう。とにかく、綺麗。
移ヶ岳

山頂からは、日山?や鎌倉岳が見えます。上は冬、下は秋。まだ、11月。
移ヶ岳 移ヶ岳

駐車場に戻るころには、朝の雪が嘘のように解け始めていました。ほんの数時間の冬山。

こんな雪の山で植物探訪が出来るのだろうか、と思いましたが、それはそれで見るべきものはたくさんあります。でも、今回も写真撮り忘れ。代わりに、今週の剪定現場の、フユノハナワラビ。
フユノハナワラビ

第5回ヘリテージツアー

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前回と前々回とお休みしたので、半年ぶり以上のヘリテージツアー。「近代遺産の原点 日立鉱山の軌跡を訪ねる」。今回は、コースに入っている日立製作所の中の記念館が、平日しか見れないので、今日なのです。平日なので、新人君が、剪定ゴミを堆肥に変えたり、作業場の周りの草刈をしたりと、大事なお仕事を一人でがんばってくれました。

最初は、精錬所の煙道と大煙突。
日立鉱山
大煙突といっても、平成5年に崩壊してしまって、高さは3分の1になっています。煙道も崩落が始まったので、現在は解体工事中。来春にはこの姿も見れないかも。
右側に、登山鉄道のようにかまぼこ型屋根を連ねた集塵施設に、明治・大正の雰囲気が残っています。

建設当時の写真。
日立鉱山
排煙の亜硫酸ガスで、禿山になっています。

次は、日鉱記念館。2階の窓から。
日立鉱山
かつて、このあたりに何万の人々が暮らしていたことを、今は想像することすら難しい。昭和の終わりまで操業していた鉱山が、まさに夢の跡です。

ここも、かつては禿山になっていた場所。でも、鉱害から目を背けず、煙害を減らす努力をし、1000万本以上の苗木を植えたりした企業姿勢には感服します。今は、すっかり樹木に覆われて、禿山の気配は残っていません。産業を興すのも、後世に恥じない企業としての活動をするのも、全ては人。短い期間で優秀な人材を集め、一時代を作った創業者の理念と精神が、いろいろな結果に現れてきます。その企業姿勢を誇りに思いながら話す案内の方の言葉からも、その人格が伝わってきました。

ただ、残念なことが一つ。一度失われた植生を、人間が力を尽くして回復しようとしても難しいのです。ここでは、煙害に強い樹種を選んだこともあって、植生が普通の山より単調です。「日立の山は、紅葉しないのか」と言われるそうです。きれいに紅葉する雑木類がほとんど無いのです。

昼食後は、日立製作所の中にある創業者の記念館。日立鉱山の電気部門として、日立製作所は産声をあげたそうです。でも、記念館は撮影禁止。屋外に、創業時の建物「創業小屋」が復元されていました。
日立鉱山
復元だから、すこし良い材料を使っていますが、当時は端材を使って建てたらしく、残されていた写真で見ると、粗末な建物です。でも、その中には、志と情熱がぎっしり詰まっていたんだろうなぁ。なんか、元気になってきます。

次は、日立鉱山で設立した芝居小屋「共楽館」。
日立鉱山
学生時代に見学旅行で行った、秋田・小坂鉱山の「康楽館」を思い出します。それもそのはず、日立鉱山の経営陣や技術陣は、小坂鉱山から移ってきた人が多いとの事。

「共楽館」の裏には、十月桜が咲いていました。
日立鉱山

近づいてみると、
日立鉱山
幹の部分は、根っこの集まりです。
戦争の空襲で幹が裂け、皮一枚で生き残った木。残った幹から根が降りてきて、ついには地面にたどり着いたのです。すごい。。。生命力。

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