野外学校: 2007年4月アーカイブ

京紀行...終わり

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高校の修学旅行で初めて京都に行ったとき、落柿舎の記憶が残り、その後も何度か訪れることになりました。それは多分、修学旅行の前に国語の授業で奥の細道を習ったからでしょう。落柿舎は、芭蕉に同行した向井去来の閑居跡。
幸か不幸か、人は、目に映るものをそれぞれのフィルターを通してしか見ることが出来ません。庭の造り手として、そのフィルターを磨こうと思うと、結局は自分の人格そのものを高めることしか方法は無いことに、あらためて思い至ります。「造り手の人格を超えて、庭は作れない」、大先達の名言。もう、その道への扉を開けただろうか、まだ叩き続けているのだろうか。近づいたと思えば遠ざかる道、終わらない道。大変な道に踏み込んでしまった。でも、歩むほどに楽しい道だ。やっぱり、天職だ。
今回の旅行で思ったこと。庭は庭、たかが庭、されど庭。いい庭は良い。時間とともに、人とともに醸し出される空間。奇をてらわない当たり前の空間がいい。打ち上げ花火のような派手さは無くても、炭火のようにじっくりと暖めてくれる柔らかさが飽きない。肩の力を抜いて庭を作ろう。カタチも本質も、人のフィルターを通る。住む人に寄り添った庭が、結局は残る。
できれば、住まい手のフィルターにも潤いをもたらしたい。。。煩悩かな。

新潟/豪農の館

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エコノミーな旅だったので、最後の夜だけゆっくりと温泉宿へ。阿賀野市の今板温泉 湯本館、料理も美味しいし、お風呂も気持ちよかったし、今回も当り。ロビーに置いてあったパンフレットを偶然目にして、最終日は新潟市の豪農の館を見てから帰ることにしました。
これがなかなか、京都に負けていないぞ。本当の金持ちのすることはスゴイ。今度は酒田に行ってみたくなりました。
新潟/豪農の館 新潟/豪農の館

兼六園

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多分5回目。帰途、金沢に1泊して翌3日の朝。偶然、昨日から無料開放期間であった。
先日、庭の雑誌を見ていたら金沢の特集があって、兼六園の中の成巽閣の、積雪期の茶事のためのつくばいが紹介されていた。行きと帰りは同じ道を通りたくない性癖があるので、運命に導かれるように金沢へ。
目当ての成巽閣へ。加賀藩時代の雛人形展が催されていた。が、肝心の軒内が無い。諦めて建物を出たところで振り返ってみると、それらしき雰囲気を漂わせる空間がある。その手前に、「この先、立ち入り禁止」の立て札。こんなことだから、5回も来る。でも、いい公園です。
兼六園
帰ってからまた雑誌を見たら、兼六園のそばに玉泉園という庭園があるようだ。次回の楽しみができた。

京都

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今回は、今までに見ていない場所に行こう。と、修学院離宮と仙洞御所の予約を1ヶ月前に試みたけど、予約は3ヶ月前から一杯の状態。苔寺は、OK。結局、重森三玲氏の石組みで有名な東福寺、言わずと知れた苔寺(西芳寺)、小堀遠州作の庭と茶室が残る南禅寺金地院、それと妙心寺退蔵院(ここは2回目)を訪れました。
個人的には、苔寺と金地院。苔寺は、通り雨がちょうど上がった頃、初めての写経も気持ち良かったし、マイナスイオン一杯の園内は別天地でした。モミジの頃も良いんだろうけど、木々が芽吹く前も、庭の骨格が良く分かって、スギ・ヒノキ・サワラの直幹が凛としていいもんです。池に気が立ち降りて、「もののけ姫」のダイダラボッチの棲む泉のようです。写真は、園路の休憩小屋の丸窓からの眺め。
苔寺(西芳寺)

近江坂本

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3月31日。旧秀隣寺庭園から、近江坂本へ。ここは、比叡山延暦寺の僧侶の隠居所・里坊の残る町。比叡山の門前町でもありますが、庭師的には、各地の城郭の石垣を築いた穴太(あのう)衆の本拠地を訪ねるのが目的です。
観光駐車場に車を停めると、早速、駐車場の土留めが石積みです。最初に向かった旧竹林院の入口も、当然ながら石積み。下の写真、右側が本物の穴太衆積みです。
近江坂本 近江坂本
旧竹林院は、なかなかのいい雰囲気でした。最近の庭の補修内容には首を傾げたくなりましたが、京都のように観光客だらけではないので、ゆっくりと落ち着いた時間を過ごせます。
次に向かったのは、滋賀院門跡。途中の参道に、ずう~っと、穴太衆積みの石垣が続きます。満腹。
とある門を覗くと、咲き始めた枝垂桜が見えました。
近江坂本 近江坂本

旧秀隣寺庭園

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3月31日のこと。前日は、急がずにいわきから浜松までの予定でしたが、順調に進んで、彦根まで来てしまったので、この日は琵琶湖の北岸をドライブしながら、午前10時に滋賀県の朽木村入り(平成の大合併で、朽木村ではなくなっていました)。
旧秀隣寺庭園は、重森三玲氏に師事されたかたが監修したある雑誌に紹介されていた場所で、そのかたが「今までで一番勉強になった庭」と書かれていたところです。
おそらく、長い間荒れていた庭の石組みを、発掘するように蘇らせた感じ。傍らにヤブツバキの老木があるものの、石組みを隠す植栽が無いので、石組みがよく見えます。亀島・鶴島があり、あぁ、これが「こはん」か、と。ただ、地盤高の取りかたとかが、作庭時と少し変わっている様に思いました。しかし、正直なところ、自分に「今までで一番勉強になった庭」では無い。これは、自分のレベルの低さです。目の前に素晴らしい教科書があっても、馬の耳に念仏、豚に真珠、猫に小判。。。いつか、また来て見ましょう。
旧秀隣寺庭園 旧秀隣寺庭園
ところで朽木は、以前、大阪に住んでいた頃に何度も足を運んだ場所。サラリーマン時代のマイカーが無い時期に、高槻から阪急と京阪を乗り継いで、出町柳からバスに揺られて、渓流釣りや山歩きによく通ったものです。前夜から飲み明かして始発に乗って。よくやったなぁ。
旧秀隣寺庭園の近くの道の駅で、以前のようにサバ寿司と鯖のナレズシをかって、つまみながら車を走らせていると、そんなことが走馬灯のように思い出されました。最近、白髪が増えたなぁと、思いながら...白髪の数だけ思い出があって良かった。年を重ねるのもまんざら悪いものではない。只今、42歳。

京紀行...まだ

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4月1日と2日に、大阪・京都で所用があったので、3月30日から4月4日まで、見学旅行に行ってきました。
行きは東名経由、帰りは北陸道・磐越道経由。行きは桜と菜の花の咲き誇る春の道、帰りは山並みが冠雪する冬寒。
予約した宿がインターネット利用可だったので、デジカメのデータを吸い上げてブログを更新しようと、パソコンを持って行ったのですが、デジカメとの接続ケーブルを忘れて、更新断念。タイミングを逃して、すっかり書き込みが遅くなってしまいました。さらに、不在時の仕事のリカバリーのため、今日も更新断念。年とともに、フットワークが鈍くなってきました。。。というわけで、続きは後日。

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